映画「エクソシスト」舞台化の道のり
エクソシストをめぐる対談
ウィリアム・ピーター・ブラッティ VS 横澤丈二


2001年9月、私横澤丈二は渡米した。
私の情熱の原点「エクソシスト」の舞台となった地をこの目で見る為に、
そして念願であった、原作者ウィリアム・ピーター・ブラッティ氏との対談の為―

その対談は他愛ない話ではあったが、2時間半にもわたり、終始和やかな雰囲気で行われた。



横澤丈二(以下Y)10歳の時に初めて映画「エクソシスト」を観ました。
大人になってこの世界に入ってからも、その時の感動を忘れられずにいたんです。
ご存知かどうかわかりませんが、前回の公演ではスタンディングオベーションが起こるほどの大成功でした。
私たちのような小規模な自主制作の公演に原作権を与えて下さって本当に感謝しています。

ブラッティ(以下B)こちらこそ原作を理解した台本にしてもらって心から感謝しているよ。
天才的なアイディアだと思うし、パーフェクトと言っていいと思うよ。
舞台上でエクソシズムをどう表現するのか、興味が沸くところだよね。
映画よりもエキサイティングなものになるだろうし。


Y アウトラインを読んでいただいたと思いますが、どういう感想を持たれましたか?

B 一番気に入ったところは、カールと狂気を結びつけたところかな。
あれはどういう理由からなの?


Y 映画の中で、クリスが階段から上がってくるとき、
彼が攻撃的な姿勢で椅子を持っているシーンがありましたよね。
このシーンを繰り返し見た後でこの執事が攻撃的な人物だったらどうだろうと考えたんです。
より面白い展開が作れるんじゃないかと。

B 僕が小説の中で描いたカールは、実は映画の中のカールとは随分イメージが違う人物なんだ。
映画では小さくて年をとった役者を使っていたけど、僕のイメージは全く逆で、
体が大きくてミステリアスな顔をしていて…でここのアイディアは面白いと思うよ。
どうしてボスが犠牲者(スケープゴート)なの?

Y これは僕が資本主義社会にいつも感じている、
強者に弱者が負けなければ成立しないという構図がもとになっているんです。
強者や成功者の影には常に身代わりとなる犠牲者がいなければいけないんですよね。
日本では、受験にしても就職にしてもね。
劇中では良い作品を創ろうと熱い気持ちでいるボスが
いろいろな障害に遭って結果的に犠牲者となってしまうという事を表しているんです。

B 英語ではスケープゴートっていうのは、本来は他人の罪を被って、
罪悪感を背負って犠牲になるという意味なんだよね。
アウトラインには少し言語的なズレがあったかもしれないけど、その意味は理解できたよ。

Y 前回の公演の実績が認められて、近い将来、商業ベースに乗った公演の可能性も出てきたんです。
出来れば2年以内に大きな舞台にしたいと思っているんですが…。

B 日本以外でも公演を予定しているの?


Y いずれブロードウェイで公演できたら、と考えています。
その時は是非ブラッティさんとコラボレイトさせて頂きたいのです。
僕にとっては夢みたいな話ですけど。


B 今は小説を書くのに没頭していて、
それが長くかかりそうだけど、実現したらぜひ協力させてもらうよ。

Y 商業ベースに乗ったら、仕掛けにイリュージョンも使いたいと考えています。
僕はそれがうまく融合する作品だと思っていますが、
原作者として舞台的に他に何かいいアイディアやイメージはありますか?

B 観客にとってイリュージョンはとてもエキサイティングなものだろうね。
「オペラ座の怪人」では小規模なものを2回だけ使っていたけど、それでも客は喜んでいたからね。
あとは、どうやるのかはまだ具体的にイメージ出来ないけど、
僕の書いた「エクソシスト」では、カラス神父は少女を助けるために死ぬ。
いわばハッピーエンドなんだけど、丈二は否定的に結末を描いているよね。
人類が存在する限り悪魔も同時に存在して、どうにもならないってことも受け入れる。
出来るなら肯定的な部分をもっと取り入れてみてはどうかな。
ところで、台本に出てくるジムファイターというのは、ボクシングの事?それとも空手?

Y 僕はボクシングをやっていたんで、ボクシングのことなんです。

B とにかく丈二のやろうとしていることは面白いよ。
劇中劇みたいなものはよくあるけど、舞台裏で2つ目のストーリーが同時進行していくっていうのがね。
あとはエルヴァイラ(カールの娘)をクローズアップしている所もいいよね。
映画でも入れたかったんだけど、コンセプトから外れるので却下された部分なんだ。
今後も舞台が続くなら、彼女のシーンを膨らませても面白いかもね。
彼女をドラッグから救い出せば、悪から善に変わっていくことになるし、テーマにも幅が出るんじゃないかな。
まあ、あくまでも僕のアイディアだけどね。


Y 話が少し戻りますけど、日本でショーアップされることに問題はない?

B ノープロブレム。期待して待っているよ。

Y その時は、ぜひ日本に観に来てほしいですね。

B 日本は大好きな国だし、ぜひ呼んでほしいね。
ワシントンからは飛行機でどのくらい?

Y 13時間くらいですね。

B それは悪くないね。
日本にはおいしいレストランがたくさんあるしね。(笑い)
「エクソシスト」が映画になる前に、やっぱりブロードウェイでやりたいって人間がいて、
契約までしていたんだけど、小切手を送ってこなくて、結局その話はチャラ。
そうこうしているうちに本が売れて、映画もヒットしたんだ。
あの時のプロデューサーは運がないよね。
丈二の舞台には期待しているよ。
本当に今日は君に会えて良かった。
天才ボーイにやっと会えたという感じさ。
また会えるのを楽しみにしているよ。

Y いつか僕の舞台でお会いできるのを楽しみにしています。
またお会いしましょう。

(2001年9月29日 メリーランド州のブラッティ氏の自宅にて)













対談を終えて…

「エクソシスト」舞台化は、いわば私の永年の夢の実現であり、
その原作者(私にとっては雲の上の人といってもよい)ブラッティ氏との面会は、
現在この舞台が「エクソシスト・リハーサル」として内容的にも商業的にも成長しつつあるからこそ、
今回の舞台の前にどうしても実現させたかったことでもあった。
事前に特集を組みたいというオファーをしてくれた雑誌社もいくつかあり、
もし取材嫌いのブラッティ氏が了承してくれたら…、とも考えたが、
氏はその商業的成功よりも、私との一対一の対話を望んでくれ、
テロ事件の直後の訪問にも関わらず、暖かい心のこもった対応をしてくれた。
何よりもまずその事に感謝したい。
私を出迎えてくれた時の潤んだ碧い眼を、私は一生忘れることはないだろう。
今回の旅は、そんなこともあって予定より2ケ月遅れの訪問となったが、
そのほかにも(結果的には私とエクソシストとの結びつきを強めてくれることになる)
障害や出会いが次々に起きた。
いわば不思議な巡り合わせの旅でもあった。

9月11日に起きた米国テロ同時多発事件直後ということもあり、
直前まで渡米の手続きは難航したが、(こういっては差し支えがあるかもしれないが)
絶妙なタイミングと巡り合わせで自然史博物館やメトロポリタン美術館で
「エクソシスト」にまつわる歴史や美術に触れる事ができたし、
ブロードウェイで舞台を観ることもできた。
とりわけ、ダレス空港から市内までの送迎を代行する会社に勤務する
中野光己氏との出会いは運命的ともいえるもので、
もしあの事件が起きていなければ、普通なら人でごった返すはずであったろう
送迎車の中で彼と会う事はなかったろうし、
もし彼がジョージタウンの街や当地の「エクソシスト」の
ロケ現場の所在地に精通していなかったら
(しかも彼は自らガイドをかって出てくれたのである!)
あんなスムーズにゆかりの場所にたどり着くことは出来なかったろう。
深く感謝するとともに、友として彼の現地での成功を祈りたい。


最後に
わざわざ特注のクッキーを用意してもてなしてくださったブラッティ夫人、
私の拙い言葉の意を汲み、適切な通訳をしてくださったサール・早水富貴子女史、
そしてブラッティ氏に会うまでオファーを取ってくださった
永松真理女史に改めて感謝の意を表したい。
ブロードウェイに一日も早くかつての活気が訪れることを祈って…。


2001年10月 横澤丈二
(『エクソシスト・リハーサル』公演パンフレットより)



エキサイティングで非常に想像力豊かなコンセプト。
ワンダフルシアター!
ウィリアム・ピーター・ブラッティ


Thank you,Mr.William Peter Blatty